中1が嘘をつきまして
中1が嘘をつきまして

中1が嘘をつきまして

ゴールデンウイークの半ば金曜日
どうせ週末お休みなのになぜここで登校かしらと思いつつ
対応してくださる先生とそのご家族には心から感謝しています

さて。
登校したはずの中1がなぜかまた帰ってきました
「どうしたの?」と聞くと毎日ノートという宿題をやっていなかったのに
先生に問われて「終わらせてあるけれど家に忘れてきた」と嘘をついたそうです

小学校は一度校内に入った子を家に戻すということは、安全面に配慮して絶対にしないんです
だからその嘘が何度も通用したんでしょうね
残念ながら中学校は「じゃあ取りに帰っておいで」となったようでした

どうしよう、どうしようと白紙のノートを抱えてウロウロする息子に
選択肢はいくつかあるよと話をしました

一つ、潔く嘘をついたことを正直に伝える
一つ、どうしよう?と言ってウロついている時間に少しでも取り組み、途中までしか終えていないけれども提出する
一つ、家を探したけれど無かった、と嘘をつく

ここで、揺るがない大前提としてこれがあることを提示します
家庭での学習は”したいなら”すれば良い、と考えているということ
そしてそれは決して後ろ向きなことではないし
学校には伝えてあって先生も理解して下さっているということ

「勉強なんかくだらない」とは考えていません。知識を拾い集めるのは楽しいことです
ただ、やらなくてはならない、とも考えていません。あなたにとってそれ以上に魅力的なものがあるのなら。
やりたいならやっても良い、というスタンスだからママも一度は聞きます
「宿題をするの?」

それに対して自分がどうするかを決めるのは自分であって、その結果も自分が負うのだということ
このことは先生も理解はしてくれているけれど、あくまでも先生は
”高校受験やその先”のための指導をすることがお仕事だから
いま学習をしておかないとその時に辛いぞ、という話し方をするよ、ということを伝えてあります

辛いと思います。
お尻を叩かれてイヤイヤでも勉強をして、宿題を提出して
先生からも親からも何も言われないか、むしろ誉められて暮らすことの方が簡単だと思います
プログラム通りに動けば良いのだから。
そして、それが苦にならない人はそのように生きることに向いているのだと思います

中学校に入った頃はまだ幼さを残して入るけれど”自分”について考えるにはもう早すぎることはないと考えています
そして、その数年間をロボットのように指示通りに動いていても、あるとき突然言われるのです
「あなたらしさとは何ですか?」
「あなたの、他人と違う良さとは何ですか?」

そんなもの、考えて来なかったのに突然答えられると思いますか。
今、教育の現場に足りないものは”余白”を楽しむ力です
数値化出来ないもの、可視化出来ないもの、はっきりと苦いわけでも甘いわけでもない滋味を味わおうという雰囲気。
全ての子ども達がその深い味わいを持っているんです

それに出会うために躓きがあり、転びがあります
転んだから、痛いです
軽微なものだからと一蹴しないでください
なぜ痛いの、どうしてそうなったのかな、何を見落としていたんだろう
ゆっくりその子のペースに合わせて内観するように誘導してあげて欲しいんです

答えはあなたの中にしかない、ということ
ママはそれを全力でサポートする、ということ
そして、学校という立場からのアプローチの現実
全てのバランスを少し遠くから見て、その中にキラリと見えてくる”道”
そこを丁寧に歩き出すように促せたら、それでOKです

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