とあるミーティングに参加した時のこと。
そのグループは困りを抱えたひとの支援をしたい、と集まったひと達。
日々なかなかの案件をそれぞれが抱えていて
しかも相手はモノでもAIでもなく生身のひとなわけで
この場合はこう対応する、みたいなレシピがあるわけではないの。
もちろんざっくりとしたものはあるけれど
それは人のためにあるのであって
人がそれのためにあるのではない。
ホスピタリティがどうのこうのと会話に出てくるその会議中
その場にいない”仲間”について愚痴をこぼしたひとがいた。
それ自体に対して何も言うことはない。
人と人が交わる場所には必ず感情の交叉が在るわけで
その時々でぶつかり合ったり、混じり合ったりの面白さが醍醐味だったりするのは当然だしね
その愚痴も内容としては多くの人が「そりゃそうだわな」の反応をするようなことだったのは事実。
それに対してニヤニヤと身を乗り出したひとがいたことに驚いたし
その場にいない人の話をするなら
それに対して自分達が何をするか、にフォーカスすれば良い。
困りがあるけれどどう対応しようか?って
そもそもその会議に参加している全員の共通の課題なわけだし。
その対象が新入りであるその人だってことだけど
そんなのは大した問題じゃない
大問題なのは、その場にいたほとんどの人が
そのひとを吊し上げて笑っていたこと。
その人がいかに”無能”であるかを論って笑っていた。
言っておくけれどこの世に”無能”なひとなんかいない。
才能を引き出すために骨が折れるひとはいるけれどね。
そこを履き違えてるままなら、誰かをサポートしようなんてまだ考えない方が良い。
あなたが誰かに自分の”賢い”ことを誰かに見せつけたいのなら
困っているひとをサポートしたいです、なんて言いなさるな。聞いているこっちが恥ずかしいわ