やまとんちゅ
先日、強く惹かれて国東にあるお友だちのお店に向かいました
不思議なものです
これから何某かが動く時というのはそういう引力みたいなものが発動することが多い。
その日は子ども達のお部屋から出たゴミを
大好きなゴミ処理場へ持ち込み、ぶらぶらドライブをして帰る予定にしていたんです
ゴミ処理場ではすっかり馴染みのわたし(笑)
あれれ?
たくさんいらっしゃる職員さんのなかに見慣れた顔があるけど…
「今日はメガネかけてないんですね?」
声をかけるとその方は
「え?そっちも雰囲気変わりました?」と応える。
え?そうですか??
「メガネかけてないのに気づいてくれて嬉しいー」
いつものように軽快に受け応えしてくれるからとっても気分が良くなって…
あーやっぱここ、好きだわと再認識しつつゲートを出る。
さて…どこ行こうかなぁ(幸せ)
ふと思い立つ。
そうだ…報告に行かなくちゃ
素敵な出会いがあったの、と伝えたい相手の顔が思い浮かぶ
けど…それはわたしの我欲?
行動を起こす時には一度立ち止まるの…感じて…
それは誰のため?わたしだけの?今日である理由は??
そこは小さくて、でもとても素敵なカフェ。
移住してきたご夫婦できりもりするそのお店はさながら国東の大きな鍵穴
国東半島って、地図で見るとダイヤルなの。知ってた?
等高線のある地図だとそれが良くわかる
グリグリと回して鍵を開ける、そんな場所です
神仏習合の価値観が連綿と受け継がれるその場所へ
どうしても今日は行きたい、そうわたしの直感が伝えてくれました
それで、高速をぶっ飛ばして…到着したのがちょうど12:30(いつもの時間)
いつものようにそろりと中に滑り込むと
「あー、reicoさん」
いたいた…可愛い妹のようなみよちゃん。
突然訪ねても、もちろんここはお店なわけで
いつでも100%の笑顔で迎えてもらえるのが嬉しい
お友だちのお家を訪ねるというのはそうも行かないのではないか…と勘繰ってしまうから(小心者)
ね。だからやっぱり「商売にする」ってこともとても大切なのよね
いつも心からあなたの訪問を待っています、と
これほどシンプルに伝えられるやり方はないものね…
で、その日は本当に不思議なことに
わたしの他にはお客様がふたり
だからゆっくりわたしはカウンターに腰掛けてのんびりマスターの手仕事を眺めていました
今日のおすすめは
「チーマ・ディ・ラーパと太刀魚のレモンパスタ」
「たぶん、好きな味ですよ」と言われたらそれにするでしょう(笑)
マスターは魔法を使えるんです。冗談抜きね
食材を手にすれば、それをどう使えば良いかがわかる。
料理人ならあたりまえ??
いいえ、そうじゃない。
普通の料理人はまず完成のイメージありき、でしょう(わたしがそう、ってだけ?)
でもこのひとは違う。
お野菜も、お魚も知り合いからの仕入れ
しかもお野菜に至っては「こういう野菜があるから作って欲しい」とオーダーするほどのこだわり。
この日のチーマ・ディ・ラーパも、何年も前から頼んでやっと収穫したものが届いたばかりという
よっしゃー幸運!
しかもそれを「あなたはきっとこれを気に入ります」と言われたらうひょひょでしょ。
さーて、と取り出された美しく銀色に輝く太刀魚を
バチバチに研がれた切先ですい、すい、と切って行く
パスタを茹で始める
小さなフライパンで良い香りが立ちはじめる
あー至福。
なんという幸せなのだろうか
誰がどんな気持ちで何処で作ったかがわかるお野菜と
キラキラのお魚、そしてレモンだってちゃんと何処でなったものかを説明出来る。
それをこうしてぼんやりカウンターに座っていれば食べられるなんて!
でもね、このお店
意地でも値段を上げてくれないの
それはダメじゃん?ってみんな言うのに
ダメじゃない。って値上げしない。
えーと、わたしはみよちゃんともお友だちで
えーと、えぇと、まだちっこいの二人を育てており
えーと、えーと、ええと。
とにかく対価を払わせろー!!!
現在のところまで、この願いは叶っておりません。チーン
さて、めくるめく素晴らしく美しい味と香りと見た目のスパゲッティが届き
確かに…ややクセのある苦みはアシタバ好きなわたし好み
力強い青み、シャキッとした歯応え…鼻先をくすぐるレモンの香りと豊かな果汁
個性豊かなそれらを太刀魚の甘みがしっかりと支える絶品
「ああー美味しいー幸せー美味しいー幸せー」
口数の少ないマスターがレモンについて口を開いた時
「あ」とみよちゃん
さっきまでのお二人が帰られてわたし一人になっていたところへ新しいお客さま。
それがこの、瑞々しいレモンを運んできてくれた方だという。
なんつータイミング(笑)
「あ、まあそういうことが起きる場所ですから」と彼女は言う
じゃあぜひお隣へ…とカウンターに並ぶ。
あれこれお話を聞いていたら
「今日、三線持っているの」という
さ、三線。
いきなり三線。どうして三線?
わたしは沖縄が怖かった。
沖縄そのものへ、というより
沖縄への敬意を現す手段を持たない自分が恥ずかしくて、怖かった。
日本全国を巡って…それなりに学んだら最後に訪れるべき土地なのだと思っていました
それなのに三線。
そして彼女は車からそれを取り出し、朗々と唄いはじめました
素晴らしい声だったんです
内容はさっぱりわからんけど、心に響く歌声
確かにこれは何かに捧げられるべきものだ、と感じられるメロディ
そのときまた別のお客さまがするりと入って来られました
「おひとりですか?」とまた話しかける間にも三線は店内に響く
「わたし、沖縄出身なんですよ」と彼女が言い、驚くわたし達。
昨日は男性のお客さまが多く、ほぼ満席が続いていたから
昨日ならこんなふうに三線も鳴らなかっただろうしお客さまとも話せなかっただろう、とみよちゃんは言う
その方は話す
沖縄産まれ、東京育ちで国東半島へ移住。少し前までは3拠点生活。
現在は沖縄のおばあさまが亡くなられたので国東と東京の二拠点で暮らしていらっしゃる、という。
推しの落語家さんがいるので各地でイベントを打っているらしい
なんとまあユニークなご経歴…
沖縄について尋ねた。
あまりにも苛烈を極めた地上戦
なにも知らずに訪れることは御霊に対する無礼となり得るのではないか、との思いがある、ということ。
わたしはいつ沖縄の地を踏めるだろうか或いは今生は訪れぬままになるのかと考えている、と。
すると彼女は少し黙って、口を開く
「そんなふうに、真剣に考えてくれているのならぜひ来てやってください」
これまで固く閉じていると感じていたその地への扉が
音もなくすぃ、と開かれたような気がした。
聞けば彼女は直系長女のまた長女。
今は廃れてしまった沖縄の世襲による祝女(ノロ)にあたるのだという
そんな彼女は、自身の”おばあ”が語った戦禍の実体験について口を開く。
彼女のおばあは、自決せよ、と手渡された手榴弾を川に棄てた。
引き返してみるとさっきまで共にいた仲間がガマの中で自決していた
ほかの誰ひとりとして、生きては残らなかった。
でもわたしは生き延びた…
だから娘が産まれ
あなたも産まれたのだ、と語るおばあは
仲間を裏切ったという重荷を黙って抱えたまま生きた
戦争がもたらしたものは
生きた者さえその先の時を
生きながら死ぬという傷なのだ
我が子を、味方と信じた日本兵から殺せと命じられ
手を下せず…年長の我が子に実行させる。
我が子の命を我が子によって消させる命を下す、
母としてこれ以上の苦渋が何処にあろうか。
そんな土地にいつわたしは立てるのか。
いいえ、ぜひ寄りなさいと彼女は言う
沖縄は開かれているの、昔よりは。
ムカシヨリハ。
おばあの奥底に燻り続ける「やまとんちゅ」への怒りは悲しみの炎の怒り
やまとんちゅを赦すことなどきっと出来ない
そこへ出かけてわたしは何をする??
日本は単一民族だ、などと、疑うどころか
考えることさえしないぬるま湯に首まで浸かっているというのに。
あ、でも最近はアイヌの方々とも繋がりがあるのよと彼女は言う
アイヌ…
わたしの叔父は30代そこそこでとっとと都会を見限って北海道へ移住した
大雪山の山岳ガイドとして今も現役でおりカムイミンタラという雑誌にも寄稿している
彼はアイヌではない。
でもカムイの土地に受け入れられそこで生きている
わたしも…
もし受け入れられるなら沖縄に触れたい
この日この時この場所で
三線の音色が響く中、沖縄の祝女に出会うとは。
それだけで良いだろう
標としては充分ではないか。
沖縄はわたしを受け入れてくれる
そんな予感に心が震えた
多くのひとの悲しみに触れさせてもらってきたじゃないか
彼女たちはわたしが何をせずとも
自ら自分を解放しあたたかな涙を流した
わたしがしたのはただその時
黙ってハンカチを差し出す、ただそれだけ。
ひとは弱い
でも、ひとは強い
彼女たちはしなやかだ
どんな暴力にも、残酷な選択にも折れぬ心を持っていた
沖縄から力をもらえる。
一番に訪れたい場所、沖縄。


わたしのふるさとでもある沖縄(八重山諸島)、いつか一緒に訪れたい!
しのぶさん。
えー!どうして沖縄?
えええ!それなら絶対しのぶさんと行きたい!
ひとりで行こうと思ったけど
しのぶさんと一緒なら怖くない。
次なる目標げっとだぜい!