有事に備えて
常日頃から子ども達には
その時なにを最優先するべきか、という判断をするにあたり
固定観念に捉われず柔軟に…そして大前提として何よりも守るべきものとその他の序列について考えておくようにと伝えています
五女が明日から京都奈良大阪へ修学旅行に向かいます
事前に調査するとはいえ、当日は連絡手段を何も持たずに向かう知らない町
心配性の五女はあれこれと想定して少しイライラしています
そりゃそうよね
修学旅行っつーのは宿泊施設から出発して
どのルートを辿って交通機関は何時のこれを使う…など
ひとつコケたら全部ダメやないかとツッコミたくなるタイムテーブルで動いているのだそうです
旅程っつのはある程度余白がないといかんでしょうよ…
ま、それも体験か。
もし途中ではぐれたらどうすれば良いん…と半べその五女
そんなもん、宿泊施設の名前を告げてタクシーに乗れ。
「え、でもお金ないもん」
到着後いくらでも払ってやるからまず乗れ。
「どうやってタクシー呼ぶん、電話番号知らんし」
そこらへんのお店のひとやなんかに事情を話して調べてもらい。
「もし先生に叱られたらどうするん」
そのシチュエーションで叱りつける先生はいません。
もしいたらマミーがぶっ飛ばすから名前を言え。
「もし友だちと何人かではぐれて、誰かが反対したらどうしたらいいん」
反対したけりゃしろ、だがわたしはタクシーに乗る。
はぐれっぱなしで良けりゃ自由にしなさいと言え。
有事にこそ、ひとというのは
最もその場に相応しくない”ジョーシキ”の範囲内の決定をすることもあり得る…
平常時にきっちりハメてあるタガをいかに自在に外せるか
そこで明暗がわかれるのだ、と話しながら
それなりに具体的な設定で話を進める
観光地で自主研修をするとき
平常時においては
ある程度の身の安全は担保されるという前提が立つので
その次に守るべきもの…
定時に宿泊施設まで戻る、だとか
事前に立てた交通機関を使うこと、だとか
そこを評価されることになるけれど
有事に最優先されるのは何をおいてもその子の無事であるのだから
さっき話したとおりタクシーで戻れば良いのだ、など。
実際に何が起きるか、など判断できるわけはない
でもだからこそ「譲れない一線」を明確に提示しておくことに意義があるのだと思う
もしその場面に置かれた我が子が
「ママは自分の安全の確保が最優先だと言っていた」と思い出せれば
その他の憂いなど、どうとでもなる。
わたし達が何よりも大切にしているものはあなたである
これを伝えられていれば
たとえその子を手放さなくてはならないことになったとしても
手渡すべきものは渡したのだ、と溜飲も下がる…だろうか…
たかが修学旅行の前晩
我が子を誰よりも愛していると伝えられるとはなんという幸運←アホ
ま、言うたって。
減るもんじゃなし、言っちゃりよ。
我が子よ、母はお前を愛している
たったそれだけの簡単なひと言を、ね

