心の闇=音を観る場所
わからんやろ?
…わからんよね。
この話をして「ああそうそう。」と応えてくれたひとは
今のところたったひとり。
闇って、とても大切なの。
中島みゆきはそれを心の中のベッドルーム、と喩えた。
居心地は最高、寝心地は最低。
寝てなんからんないのよ、そこを知ったらさ。
わたしはいつだったか
「とある悪魔のトアルさん」という物語を書きました
心の奥底に棲んでいるちっさなおっさん、トアルさん。
本当は名前は無いんだけれど
とあるところにいるから、トアルさんと呼んでいて
彼は「別に…」って思ってる
トアルさんのお仕事は神様のお仕事なんです
わたしがカトリック教会を意図的に離脱したのも
そもそも「悪魔」をスケープゴート化して(もはや神格化レベル)いることへの違和感に端を発しています
天地創造の時からそれは在って
わたし達に常に問いかけるんです
「神様はあなた方に限界を与えたのか?」
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主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった
蛇は女に言った
園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。
女は蛇に答えた
わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです
でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない
死んではいけないから、と神様はおっしゃいました
創世記 3章1-3節 新共同訳
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だけど結局、女はその実を食べ
男に差し出したので男も食べます
その結果、自分たちが裸であることを知り
恥じて腰を覆うものを纏った。
つまり自分自身の「全てありのまま」を
他者に対してだけでなく自分にさえ見せなくなりました
もちろん、神さまはそれを知りながら問うんです
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主なる神はアダムを呼ばれた。
どこにいるのか。
創世記 3章9節 新共同訳
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アダムは恐ろしくなって応えます
わたしはあなたの足音が恐ろしくて隠れています、と。
そして多少の問答があったのち、ひとは園から出されます
「追放された」
しかも
「蛇(悪魔)の罠にかかって罪に落ちた」と解釈する流れが主である中
わたしはひょんなことから気づいてしまいました
最初に蛇(悪魔)から
「え?この園の中のどんな木からも取って食べてはいけないの?」
と、問われた時
「あ、いや別にどれ食べても良いんだけど
死んじゃうからあの知恵の木はダメっぽい」
と、心の底から答えられていれば
蛇(悪魔)は「あそお。」と消えたはずでした
いつもそう。
悪魔ってのはすんごい怖い顔をしてやっては来ません
通り過ぎる風の中にそっと「問い」を忍ばせて行きます
例えばそう…
あなたのあのひとは、もうあなたのことを忘れてしまったかもしれませんね…とか
あなたが大切にしているあの計画は
もしかしたら成就しないのかもしれませんね…とかね
わたし達は胸を張って応えれば良いのです
「いいえ、すべてはわたしにとって常に素晴らしく最高なのです」って。
ヨブ記を思い出してください
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ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来た。 主はサタンに言われた
「お前はどこから来た。」
「地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました」とサタンは答えた
主はサタンに言われた
「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。
地上に彼ほどの者はいまい。
無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。」
サタンは答えた
「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。
あなたは彼とその一族、全財産を守っておられるではありませんか。
彼の手の業をすべて祝福なさいます。
お陰で、彼の家畜はその地に溢れるほどです。
ひとつこの辺で、御手を伸ばして彼の財産に触れてごらんなさい。
面と向かってあなたを呪うにちがいありません。」
主はサタンに言われた
「それでは、彼のものを一切、
お前のいいようにしてみるがよい。
ただし彼には、手を出すな。」
サタンは主のもとから出て行った。
ヨブ記 1章6-12節 新共同訳
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おいおい…神が悪魔を煽ってるじゃん(笑)
というのはまあ冗談としても
このように、神さまは悪魔…つまりまあ
わたし達にとって「好ましくない出来事」によってわたし達を試します
お前は誰なのか。
闇はその問いが現れる場所です
そして、わたし達は応える。
あなたは真っ直ぐに闇の中に立てていますか
闇の真ん中には陽だまりがあり
わたし達はそこに静かに立っています
お前は誰なのか。
さささ、なんで答えよっか。
