コーディングじゃない
子ども達が学校から貸与されているiPadには
ブロックプログラミングが手軽に作れるアプリケーションがインストールされている
他の誰かが作ったプログラムも公開されていて
ゲームのようにプレイすることも出来ていて人気を博しているし
自分の組んだプログラムにいいね!が付くと実に嬉しそう。
でもね…
そうじゃないのよ、違うんだったら。
国が教えたいのはコーディング技術じゃないの。
目の前に起きている現象を冷静に俯瞰して分析し
構造を知り、再構築する力を伸ばしたいの。
例えばお掃除の時間にふざけてたら先生に叱られた、とする。
なぜ先生はこんなに怒ってるの?
いや…感情として怒ってるわけでもなさそう
じゃあそれはなに?
あ、そう。ルールね、ルール。
ほんじゃなに?
表面的に「床を拭く」ってルールさえ守っていれば
テキトーに四角い教室を丸くはいても拭いても良い…?
わけでもない。
ふむふむ。
金曜日のお掃除ではそこまで叱られなかったのに
授業参観の前の日はめっちゃ叱られた…
ほぼ同じことしてたのになぜ?
もしかして…落としどころが違って…る?
そうか。
ルールを守らないとソッコー叱られるけど
もっと大切なのは「教室をきれいにする」なわけね。
ほほう…
てことは?
いつもルール無視してふざけてばっかいる
アイツをどうにかする、ということが必要か…
何度も繰り返し伝える必要がある、しかも
掃除時間の終了5分前までにはなんとかしなくちゃならない…
頭ごなしに言っても通用せんぞ…
ならばアイツをうまいこと動かすためのプログラムを差し込まなきゃな…
的な!
これこそがプログラミング的思考、なんだわ!!!
ばかなことばっかやらせてんじゃないわよ
世も末、末期的症状、救いようがない!
プログラミングのキモはアンプラグドなんだぞ!
おたんこなす!
どてかぼちゃ!
…もう。
泣きたいわ
