世界はwonderで出来ている
但し、それが本当の事なのだと気付ければ…ね。
東京にルーツを持つ両親の元に産まれたため
東北で幼い日々を過ごしましたが東京もさして遠い場所ではなかったんです
中学生という多感な時期をそこで過ごしたこともあって「憧れの地」ということではなかった。
むしろ九州へ引っ越して来てからはすっかりその魅力の虜になりました
阿蘇へと続く広大な牧草地を突っ切る、かつての「やまなみハイウェイ」は格別です
学校なんか嫌いだ、とゴネる思春期のわたしを心配した父が
国東半島という、非常に精神性の高みにある場所へ連れ出してくれたにも関わらず
「こんなところに興味はない」とかなんとか言って車から降りようもしなかったそうです(笑)
腹を立てるでもなく父が次に向かったのが件の「やまなみハイウェイ」
わたしは草むらの中に分け合ってしばらく戻らなかったと言います
この時だったかは忘れてしまいましたが確かにこの風景に出会って
「風になりたい」と泣いたことを覚えています(純情か)
それから40年が過ぎました!
わたしの九州愛は深まるばかり、特にこの中九州の素晴らしさは筆舌に尽くし難い豊かさに満ちています
この地で産まれ育った我が家の子ども達の中には
「こんな、何もない田舎に産まれたことは不幸だ」と言う子もいます
でも、わたしがかつてそうだったように空や雲、風の音や揺れる草、のんびりそれを喰む足や馬が大好きな子もいます
最近わたしが都会へ出かけることが増えたことを子ども達のうちでは
「ママは田舎が一番だと言っているくせにずるい!」と言うことも増えているようです(確かに(笑)
だけどさ、やっぱり田舎は豊かよ。
目のくらむような派手なアトラクションは無いけれど
心を鎮めれば見えてくるもの達が沢山ある。
毎日が新しい出会い、驚き、そして癒しです
最近、男女の繋がりについて考えることがあり
「30年も一緒にいれば互いに飽いてしまうのではないか?」との問いに出会いました
うーん、そうかな。
わたしはそれは違うと思っています
確かに、燃え上がるような情熱が継続はしないかもしれないけれど(とはいえそれもわたしとしては違う)
毎日相手に改めて恋をするご夫婦もいらっしゃるし、ね。
都会と田舎の違いのようなものでしょうか。
作為的に作られるエンタメ的要素を探すなら毎日別な人と過ごせば良い。
わたしはそういうことを求めていません
どんな些細なことからもwonderを見出せるから。
退屈するなんてことはありえないんです
かつてニャンちゅうの声を担当していらっしゃった津久井教生さん
いま、ご病気と共に生きていらっしゃるけれどいつも信じられないくらい前向きに発信をしていらっしゃる。
もちろんその向こうには全くわたし達の知り得ないあれこれが隠されてはいるはずですが
彼が伝えたいことはどんな状況下でもwonderを感じ、生きられることではないかと思います
手放したこと、手に入らなかったことにフォーカスして悲しんだり憂いたりするのではなくて
今あるもの、目の前のことをいかに楽しむか。
受け取れる余裕をいつも持っていたいと気付かされる毎日です
