未来は変わる
好ましくも、好ましからずにも。
昨年一年間、起立性調節障害のため全く登校出来なかった五女は
何のスイッチが入ったのやら(もしくはオフになったのか)
毎朝お腹いっぱい朝食を食べて元気に登校しています
秋の気配が漂い始める二学期は、文化祭準備におおわらわです
合唱コンクールで幕あけする伝統の文化祭
優勝目指して朝練が続いています
後期役員で文化委員に立候補した五女
この時期は3年生は受験モードまっしぐらで
あれこれと準備に追われる文化委員にはなり手も少ないらしく重宝がられているようです
でも!
五女的誤算。
昨年まで文化委員は文化祭で放送を担当していたそうで
アナウンサーに憧れている五女としてはそれを目論んで立候補したということもあったのですが
なんとー
今年からは文化委員のお仕事ではなくなってしまったそう。
ひどいー
なんてことなのー
うわー
と悲しみの渦中にある五女をとっつかまえて母、曰く。
この先の社会も同じですよ…
未来を想定して逆算して「今」の選択をするのは危険です
なぜならその未来は簡単に変わってしまう時代になったから、ね
ちょうど、この週末にもそんなお話をしていたところでした
目指すお仕事がいつまでも在るとも言えない社会となりましたね、ということ。
良くも悪くも自由が幅を利かせるようになり
人生の責任は自分で負うしかない世の中。
いえ、精神性で言えばそれは昔から変わっていないのだけれど。
それでも昔なら「安定した収入を得られる企業」に就職してしまえば
その中で自分の役割を担うことで「終身雇用」という制度が身を守ってくれました
「年功序列」という制度下では今でいう「老害」に誰しもがなり得る社会でした(笑)社会は巡っていたんです
お母さんも、専業主婦が圧倒的に多かったのです
「安定した収入を得られる企業に就職した」夫を獲得することで
別の意味での「終身雇用」を手にする時代でした
家庭という一国一城で自分の定めたローカルルールに則って運営すれば良かった。
「亭主元気で留守がいい」というキャッチコピーも生まれました
ある種の息苦しさはありつつも、命まで取られることはなかったのです
(今思えば)恵まれた環境の中で、あーだこーだとグチっていれば良かったのかもしれません
夫婦間の問題も、臭い物に蓋。わざわざほじくり返すことも面倒くさいから。
子どもの教育も、ママ次第。宿題やらないから、テストの点数が良くないからと言っては叱られたひともいると思います
それがそれが今ではどぅお。
厳しい社会になったな、とシンプルに思います
全てのひとはむき出しの状態。怖くてたまらないからと
鎧を着込み、堅く扉を閉めて、誰をも侵入させない。
ゆるゆると接続していた他者との境界線を
ある意味では断ち切ってしまったかもしれません
小学校2年生の時、転入してきた男の子がいました
わたしの隣の席で、すごく図々しくて
わたしのノートにいきなり落書きをしてくるような子で
「ここから先に入らないで!」と机を離して境界線を作ったら
「ははん、空中ならかまわないだろ?」とさらにちょっかいを出してきて
本当に本当に本当に大嫌いだった…けど
5年生の時にその子はわたしのことを大好きだと言ってくれました
あらーそうだったのありがとう、と
たったそれだけの縁だったけれど本当に昔はそんな社会でした
怖いよね。自由ってのは他人のせいに出来ないからね。
「あなたが選んだんでしょ」
そのひと言で片付けられちゃう。
でもねだけどね大丈夫なの。
必要な助けは必ずもたらされるのよ
好ましくないことの中にもそれは隠れているの。
それを理解さえすればきっと、明るい未来が見えてくる
疲れたひとがいたらかがみ込んでそっと手をのべてあげてね
いつかそれはあなたにも返ってくる優しさなのだから。
