緊急対応
子どもちゃんの希死念慮が強く学校にも行けないというご相談
近い場所なのですっ飛んで行く、お話を聞く。
学校に行けない、のは本人が行かないことを決めているのかどうか
それは「行きたくない」という表現なのか「行きたいけど行けない」なのか
大切なのはママの耳で聴いたその子の言葉と
それを聞いたママが感じたことを区別すること、ね
「〜って言ったってことは〜ってことだと思う」はその子の思いじゃなくてママの気持ちである可能性もある
不安なのは案外、わたし達ママだったりする
子ども達は不器用ながら真っ直ぐに思いを発信しているのに
受け取るはずのわたし達におかしなバイアスがかかってる
それは「社会性」という非常にざっくりとした解像度で
あまりにも雑すぎてモノゴトの詳細が見えなくなっちゃう
度数の合わないメガネをかけているようなものです
うん、うん。そうだね
それって、こういう意味ですか?
ああ、じゃあこんな風に感じたんですね
次々に口をついて出る言葉を書き出していくと
その、ヘンテコメガネのフレームが見えてくる
「外しなさい」なんて…言うは易し、行うは難し
外せるくらいならわたしのところへ辿り着いていない
さてさてさてさて、どうしたものか。
待つ。
待つしかないんです
あれ?そっか、わたしこんなフレーム持ってるんだ?
そんなことが見えてくるためにも時間がかかる
それを、外しても良いかどうか
本人の心が答えを出すのにも時間がかかる
じゃ、外そうか。どうやって?
…
あっという間に、文字通り目にまとまらぬ速度でそれを可能にする人もいるし
丁寧に時間をかけてゆっくり取り組み始める人もいる
自分がどういう思考のくせがあるのかを知っている人は少ないんです
だから出会って欲しい。わたしと、あなた自身に。
このお母さんは
子どもの希死念慮の発露というかなり大きな音のSOSをちゃあんと聴き取っていました
「学校?そんなことより生きて欲しい」
じゃ、、何しよっか
まだまだ先は長いかもしれないけれど
向き合い始めたいと感じた、それだけで今日は100点

