なぜひとは凸凹を大切にしなければならないのか

今日も学校へ行けなかった五女が末っ子を相手に
新海誠監督作品について何かを熱く語っていました
わたしは基本的に、積極的なインプットをしないタイプなので
「話題作」はスルーすることが多いのですが唯一
すずめの戸締まりだけはわざわざ劇場へ足を運んだのでした
感想?
うん、良かった。
素直にそこは言いたい、とても良かったです

目に見えない世界のことを理解しているひとってのは一定数いて
彼もまたそういうひとりなのだろうなぁと感じました

わたしがカトリック教会を離脱する決意をしたきっかけでもある「闇」の扱い方が
わたしの知っているものととても近いな、と思いました

「ママが劇場でそれ観た時に泣いたのはどの場面だと思う?」
やおらわたしが話に加わったので五女はびっくり
学校行かなかったこと、何にも触れずいきなりその話(笑)
叱られるとでも思ったんだろうか…?

で、気を取り直してこう言ってきた。

あんな、すずめのお世話をしてくれてたおばさんが
サービスエリアみたいなとこで本音をぶちまけるところ!

おお、正解。

補足すると、そのシーンは
すずめに対して、社会に対して隠していた心の奥底の叫びを、環(岩戸 環)がぶちまける場面。
それは闇の底にある禍々しいもの…のようにも見えるのだけれど紛れもなく本音であって

かつ、それを吐き出した環はそれを再度隠してしまうのではなく
「それだけじゃあないものね」と
その、醜い(と思われがちな)ものさえ内包することを宣言する。

この深さにやられちゃったのよね…そうなの、そうなんだよねって。
闇って
いろーんなものをブチ込んであるの
社会通念に沿わない価値観、集団的行動からは外れてしまうかもしれない行動原理、自分を守るためについた嘘、偽り、カッコつけ、欲望、背徳…などなどなどなど

だから、そこに立ち入ろうとするととりあえず躓く。
がちゃん、と音を立てたり
割れたガラスを踏んづけてしまって血が出たり
転んだ上からでっかい岩が落っこちて来たり…そんな感じ。

だからこそ、ね
だからこそカトリック教会はもちろん他の宗教も
明確な「悪」をそこに設定して番をさせているの。
危ないから入るんじゃねえ、って。

でもね
残念なことにその中へ分け入らないと真の温もりには届かないのよ。
闇、って門構えの中に音が入ってる
音、というのは普通なら聴くものだけどここでは違うの
奥底は真空だから、耳では聴こえないのよ
音を、観るの。

音、は陽だまりの上に立ったときに観える。
ぼんやりと、小さな蝋燭の灯りのようにも思える陽だまりはほの温かいの。
冷たくて真っ暗な闇の底だからこそ感じる静かな温もり。

これは、モーゼが神に出会ったシーンにも繋がるの。

——————–

そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。
彼が見ると、見よ
柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。

モーセは言った。
「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。
神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。
彼が、「はい」と答えると、 神が言われた。
「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。

‭‭出エジプト記‬ ‭3‬章2‬節-‭5節‬ 新共同訳

——————–

道をそれて…つまり「正しさ」から解放されたとき
モーセは不思議な芝を見つけるわけ
それこそが神と出会う場所、心の闇の奥底なの。

そして燃え尽きない柴を抱えていた岩の洞、それはマリア。

つ、ま、り、ね
心にあるもの全ては、そのまま受け入れて良いってことなの。
悪魔だとか鬼だとかなにかそういう恐ろしいものが番をしているのは
「そこに入る」という意思の堅さを確かめるためなのよ

この先に恐ろしいものがあるぞ、と言われてもわたしは行きます。と誓うこと…

この場面の環の態度はそれをわたし達に伝えてくれる。
で、その、目に見えない世界の真実をこうしてエンターテイメントに昇華して
人々の心に娯楽という形をとおして届けるクリエイターがいる
そのことが嬉しくて嬉しくて心が震えたってわけ。

そう、わたし達はそれぞれ
汚れちまった心をも抱いて、それでも生きると覚悟しなくちゃならないのよ。

でね…
そういう心のカタチってやつはひとりひとり、違うの。
いろんな凸凹を持っていて、特別なの。
どうしてか、っていうとね…それは、カギなの。

あなたという鍵を目指して産まれる別の鍵がいる。
ふたりは寸分の狂いなく
静かに…ひっそりと、でも確実に出会うの。
パチリ、という音さえしない精緻さで結ばれる。



だからひとを壊してはいけないの。
平らにならそうなんて思ってはいけないのよ。

今、学校行けないやーって言うことは容易いし
それによって他の誰もが何ひとつ不利益を被らない。
なんなら五女、あなたさえ
この”何ひとつ生み出さないようにみえる時期”を内包して生きると決めれば
それはあなたの一部分として、凸凹の一つとして燦然と輝くのよ。

ね。
人生ってそうなの。
ママをみてごらん
誰にも理解されず
誰も仲間になってくれなかった
でも
だからこそわたしのための道が拓くの。

わたし達はPioneerなのよ
薮を進むの。道などない
そして、あなたの後ろにも道はない
誰ひとりついて来ない
誰の声も聴こえず、ただ自分の息遣いだけがいつも側にある

真空なのよ
ただ、自分が在るだけ。

つってたら…
五女は泣いていました。
あらー、感受性豊かなのねー

てなわけで。
学校休んだんなら床を水拭きしてくれやww
それがあんたのミッションやぞ、おい。

なーんてね
これ、本当の話なのよ
そういう「目に見えない世界」のことを知ってるからこそ
この世で起きることが一番尊いってことがわかるの。
知らせたいのよ、みんなに。
だからいつかきっと皆さんに会えるわ、そうに決まってる!!

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