お墓
について何も知らなくて、かつ、感じないということがコンプレックスの一つでもある
「千の風になって」という歌が一世を風靡したことがあったけれど
それさえ、「お墓がある」ことが前提だった
我が家はなかなかユニークの権化というか…
父方も母方もアタオカ集団(笑)
父方の祖父母はどちらも”良いお家柄”の出らしいけれど
ふたりは結婚したときにいずれの”家”とも切れて
お医者さまとはいえ生涯開業はしなかった祖父はハンセン病の専門医?として
高松の大島青松園に程近い場所に暮らしていたし
埼玉の狭い公団住宅がホームだったはず。
デイパックを背負って祖母と二人で身軽に海外へ行ったり来たり
そこから出た父の弟二人もなかなかのクセ強で
ふたりとも選択子無し婚
上の弟は早々に都会を見限って北海道で山と暮らしているし
下の弟に至ってはフランス語翻訳を生業としているらしいけれど何してんのかぜんっぜん知らない
母方の叔父叔母と40年ぶりの再会を果たしたばかりだけれど
父方の叔父叔母とは50年くらいは疎遠なままだと思う
ちっこいわたしを抱いている叔父の写真があってそれっきり
母方の方は違う意味でアタオカ。
東男と京女の最恐タッグ…何をか言わんや
よくぞまあここまで互いのアカン方の特徴というか(笑)
ほんと…日本て本音と建前のある社会よね、を
これ以上ない、という力強さで具象化している
けど…
それを、小学生の頃には完全に理解していた自分自身が一番「可愛くないガキ」であることにハタと気づくわたし
何処かでも書いたけれど
日本が少子化へ舵を切ったこと、未来が見えなくなったことにはとっくに理解していて
だからこそその渦に巻き取られまいと思っていた
で、それが何かってと
わたしは変なところに意識が向いているせいで
この世だとかこの世を過ごす縁みたいなものに疎い
生き死にというものが
永い巡りにとって一つのネップであることとしか思えなくて…
お葬式やお墓というものがすべて「生きているひとのためのもの」だと感じているせいで
その「儀式」や「場所」に留まること自体に価値を見出せなくて辛い。
辛い?
そう、それさえが本音ではどうでも良いくせに
辛いと言いたくなるのがそもそも
この世的に生きる上で周囲に馴染まないことへの憂いである
…それが辛いだけ。
義母を見送ったことは
彼女の望みを最期まで守り抜いたことが喜びであり
わたし自身としては
目の前の他者の幸せを守るという使命を果たした、という意味で
自分自身に対する一つの約束の実現であったと感じている
結婚するときに縁を結んだ義母を生涯守ると誓った、約束の実現。
それを履行するために困難はあったのだと思う、確かに。
でも、もう忘れちゃった…
覚えていられないのだ。
様々な出来事やその時覚えた感情はもちろん記憶していて
例えるなら記憶媒体を開くために
「母>関係>寂しさ>幼い日」みたいな感じに深めていくとその先にあるファイルがあって
開いてみたらリアルとして噴き出してくるようなイメージ
常にある意味で何もかもが他人事
没入することができない
自分自身の今生の幕が降りるときのために献体に登録することを決めている
誰かの何かのためにこの身体が差し出され
使い終われば焼かれて何処かに、同じように呈した誰かと共に埋葬される
わたしが生きたことを「遺したくない」とも思わないし
残したいなどとは更に思わない
なぜ…
わからない、それがまだ。
自暴自棄とはまた違う
そのシーズンもあったけれど(笑)それも単なる「経験値獲得」だったように思う
繰り返した自殺企図はいつも何かに対する問いとして機能したし
それなりの、その時なりの答えまで導いただろう。そして
子ども達を産み育てるということはいみじくも「生きる」ことに直結している営みである
にも関わらずどうしても腑に落とせない「お墓」
生きることとこの世を去ることの記念碑に過ぎぬという思いを超えられずにいて
…更に言えばそれに「罪悪感」を覚えているのかもしれない
墓参りを大切にしているひとへの羨望もあるだろう
それ自体にこだわる理由がたぶん、ある
理解するまではコンプレックスとしてシクシクと痛むのだろう
わたしは何処かが欠損しているのか?と常に問うことになるから。
皆が大切に出来るそれ自体に想いを留められないという欠損。
痛む。
何某かの誓いを
“大切なひとの墓前”に提示出来る
誰かの魂の美しさが眩い
純潔さが尊い
けれどそれもまたをかし。
これこそが生きるということであろう
痛いほどにこの世に結びつきながら
この世的価値観というレイヤーには存在していないからこそ
そこにいる人のそれを守りたいと願うのかもしれない
誰かを守ること自体がわたしの生きる証である
そしてその誰かがわたしを忘れることで完結する
忘れられぬまま残ることへの恐れがある、のだろうか?
まだわからない

