めぐり
北の天から 南の天へ
乾の天から 巽の天へ
西の天から 東の天へ
坤から 艮へ
上の天から 下の天
日の天から 月の天
毘沙門天から 焔魔の天へ
風の天から 火の天へ
水の天から 帝釈天へ
羅刹天から 伊舎那天
梵の天から 地の天へ
日の天から 月の天
「十二天/中島みゆき」
この歌詞をよんで
なにを伝えてくれているのか理解できる人…
もし、いるなら出会いたい
仏教には明るくないのだけれどこれは
一見整合性のない「極」を浮かび上がらせます
前半にはこの世的視座からも見つけやすい「対極」
しかし後半は仏教における明確な役割を担う神の名と
そのレイヤーではない別の場所にいる神が交錯し
風、火、水、土という四大が散りばめられており
さらに空とそして識という目に見えなくともすべての人が必ず携えるそれを加えた六大が浮かび上がります
己の限界まで真理を探れと伝える推進力としての空海と
なすがままに、なるがままにと脱力する親鸞のコントラスト
それを語るカトリック教徒のわたし
つまりそういうことや(爆)
知識として得ないことにより見えてくるものがあります
もっと語りたいのに
おててがかじかむから今はここまで。

