絵本コンテスト

もうかれこれ何年か前
宮崎県との県境で、キャンバスの向こうにいる龍たちを
その一流の魂と筆によってこちら側まで召喚しちゃう
コオロギタカシさんを訪ねました

あれこれとたくさんのお話を聞かせて下さった中でも
僕は画家だから、何かを見間違えるってことはないんですよ。
と、さらりと言われた時には痺れました!
それが、コオロギさんにとっては当たり前のことなのだ、ということが伝わったからです

その美術館に展示してある全ての作品がコオロギさんのものなのですが
まるで幾人かの画家さんの作品たちのように、それぞれはまるで違う個性を持っていました
それは、コオロギさんの言葉を借りるなら
「向こうから、こう描いてくれと言われるままにしているから」なのだそうです

時間があればゆっくりと、それぞれが生まれた経緯についてお話してくださったり
こちらから尋ねたことに答えて下さったりするのですが
コオロギさんはご自身の作品に対してまるで閲覧者のような、静かな距離感を持っていらっしゃることに驚かされます

ある時は作品の前で
これはね…失敗なの。なぜかって言うと
ここにこんな感じでこんなふうになっていたらカッコいいなぁと思っちゃって月を描いたから…
なんてことも平気で言っちゃう。

確かにそれは綺麗な作品なのです、とってもカッコいい。
けれどコオロギさんはきっぱりと「失敗」と言い、それを隠すことなく展示し続けていらっしゃいます

少し進むと一匹の龍がいました
その子は四つの眼を持っていました。
「この眼は喜怒哀楽だそうですよ」と、コオロギさんの言葉は続きました。だから
あゝなるほど、とわたしは言いました

下からそう並んでいるのは原始的な感情から並んでいる、というわけですね…でも「楽」は感情ではないんですよね。とわたしが言うと
コオロギさんは興味深そうに、今度はわたしの話を聞いてくれました

感情を表すと言われている「喜怒哀楽」という言葉のうち、実際には「喜」「怒」「哀」までが感情であって
「哀」の根っこに「愛」が宿っており、それに出会うことが「楽」という天国とも涅槃とも言われるような場所というか状態にまで繋がる唯一の道なんです…

すると、コオロギさんはそれに続けてお話になりました
僕は、キャンバスの向こうから「このように描いて欲しい」と言われたとおりに彼らを描いていますが
唯一、この子だけは違うんです。って。

ついさっき、自我によって綺麗に整えた作品は「失敗」だと言ったコオロギさんからどんな言葉が出て来るのかと興味深く耳を傾けました

この子はね、最初真っ黒だったんです
あまりにも深い哀しみで真っ黒でした
だからね、僕はこの子を一番美しくしてあげたいと思ったんです。そして、今の姿になりました
僕が手を加えたのはこの子だけなんです

そして、美しいというのは「綺麗」とは異なるのだということも話してくれました

なるほどなあと思いながらその後もいくつかの作品を紹介してくださり、その後アトリエでいろんなお話をしました。
わたしはカトリック教徒であること、でも教会という枠組みの中に在っては出会えないものがあることを知り離脱したこと
富士山が憎いこと(今はもう平気よ)などなどなど。

するとコオロギさんは「もう一度、あの子のところへ行きましょう」と促してくれました。そして
黄色い背景の中に立つその子の手元あたりを指しながら

ここに、十字架があるんです
そして、これは富士山。
なぜ、これらがここにあるのかは僕は知らないんです
と話してくれました
その子の名前は「兆し」

わたしはその子との出会いをもう少し深くかみしめたくて、美術館の少し先の海に向かいました
波当津の海は、弧を描いた砂浜がとても美しく、優しい波が打ち寄せては返す静かな海です
そのとき、わかったんです
「愛」というのが何なのかってことが(ほんとかいな(笑)

嬉しくて嬉しくて、
ざざーん、という波の音と
頭上を旋回する鳶の声に包まれて
またしばらくそれを味わっていました

ひとしきりして
ああ、そういうことだったのか、と
ふむふむなるほどねえ…と
それに気づくまでの今日そのときまでよくもまあ
天はわたしを守り導いてくれ続けたなとほくほくしながら美術館へと戻ると
アトリエから顔を出したコオロギさんが
「だいぶ長いこと行っていましたね」と声をかけてくれました
そして、お土産に…と
「兆し」のレプリカとカードを手渡してくれました

コオロギさんの筆を使ってこの世に姿を現す子たちは
それぞれメッセージを抱いているそうなのですが
「兆し」にはこんなメッセージが添えられていました

全ての命は愛によって機能します

この後もコオロギさんとの交流は続き、わたしは
いつか絵本を出版したいと考えていると伝えました
目に見えない世界の”ほんとうのこと”を
おかあさんが毎晩子ども達に読み聞かせるうちに
それがおかあさんにも子ども達にも少しずつ少しずつ沁み込むように。

でも…わたしは絵が描けないのです、と言うと
コオロギさんはいつもの優しい声で
僕は、文章は書けないけれど絵は描けるんです。と言いました

プロポーズは受け入れられました(笑)
その、準備のために…
いくつかあるストーリーのうち、ひとつをコンテストにエントリーさせました。
コオロギさんはもう、わたしの物語のどれを
ご自身が描くことになるのかを知っているようですが
その日がやって来るのが楽しみで仕方ない!

そしていつか、尊敬する絵本作家のサトシンさんにお目にかかれたら
なぜ、絵本だったのですか?と聞いてみたいんです
きっと、たぶんわたし達と同じように感じていらっしゃったんじゃないかなあと思うのですが、さて。

いろーんなことがぐぉんぐぉんと動いています
わたしはただぼやーん、と流れに身を任せるだけ。
安心して大失敗をやらかしたり凹めば良い(笑)

わたしの周りにはとっても素敵なひとがいっぱい。
何処を向いてもみんなが優しくてあたたかくて強くて深い。
彼らに出会えたこの幸せをどうやってみんなに届けよう、
そんな思いでこれからも活動して行きたいと思います
みんな、待っててね。
きっとみんなのところに届けるからねー

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