わたしのボス
教育に特化したサービスを全国展開で提供しているのは
次女が小学校4年生の時の担任の先生。
今から12年前のその当時、まだ学校にはタブレットなんか導入される気配すら無かったのですが
次女の学級担任だったこの先生は本当に創意工夫溢れる授業をしてくれていて、かつ
視覚的にも分かりやすいようにとkeynoteなどを使って資料を子ども達にも共有していたと記憶しています
それでいてプライベートではビーチコーミングに参加したり
SUPで自分時間を過ごすこと、農作業に時間を割くこと
家族との関わりを積極的に発信すること、など
とにかくバランス感覚の素晴らしい先生でした
教員として臨時採用を経て教諭となり
あっという間に市教委へ連れ去られ(笑)
行く行くは県教委で教育長へ…
という進路を内々に決められているらしい、という雰囲気を察知した途端に
「ムリ、辞めまーす」と
あっさりそれを手放してとっとと会社を立ち上げ
今となっては全国を駆け回っています
出来れば次年度からわたしも
全国の教育委員会目掛けて出かけたい、という話をしたところ
まだ子育て中であることを念頭に置きつつ(しかもひとり親)
今の仕事から緩やかにフェードアウトするのか
または条件次第では全振りで行くのか
とにもかくにもわたし自身と子ども達のことを第一義にせよ、とアドバイスをくれました
実は今のお仕事。
ここでは書けないけれど公教育に深く関わっているのです
水際で現場を助けるお仕事…
実際に、たくさんの困りごとを解消するために全力で頑張りました
次年度以降も、たとえ条件を変更しても続けて欲しいとありがたい言葉をかけてもらっています
だけど…もう、飛んでいきたいのです
こうしている間にも必ず何処かの誰かが死線を彷徨っている
公教育という現場には「福祉」と「教育」が共に深く関わっています
それにもかかわらず関係部署は互いに交錯しない
役所でも全く別部署としてそれぞれが機能しています
もちろん、皆が誠実にお仕事をしていることも見えています
でも、やはりそのはざまに滑り落ちて行く子ども達がいて
それを認識しているにも関わらず彼らは動けないのです
「制度」が整っていないから。
公教育の資本は税金です
費用の投入には厳しい目が向けられています
それも、正しくジャッジするということならまだしも
自分達の主義主張を声高に叫ぶための
次の選挙戦のための前哨戦の前哨戦めいたところが無くもない。
当事者としてそこに関わり続けたボスだからこそ見えるものがあり
「公教育からあぶれつつある子ども達をなんとかしたい」と
10年近く前にいきなりわたしが告げたときも
バカ言ってんじゃないよ、とは言わずあれこれアドバイスしてくれました
それからわたしも少しずつ力を蓄え
やっと、誰かの前に立ってもそれなりに使える道具を見つけました
あゝ
泣いているあなたのところへ今すぐにでも駆けつけたい
昨年クリスマスに天へ帰ったあの子のところへ
今年は決意を抱いて挨拶に行くことが出来ると思っています
この一年間、わたしなりに前へ前へと進んだつもりなのです
彼は喜んでくれるのでしょうか
命を賭して叫んだことが何であったのか、わたしは生涯をかけて探し続けます
はーたーらーかーせーてーぇ

