「書」で繋がる

相対した方を知るには
読んでいる本、好きなもの、音楽、食べ物など
その方の中に詰まっている「好き」や「ワクワクする」を知れば良いと感じています

わたしに、ガブリエル・ガルシア・マルケスの「100年の孤独」を手渡してくださったのは
地元で静かに…でも粛々と、ご自身の”やりたいこと”を続けている方でした
そういうひとの手渡してくれるものは本当に尊いのです、心からありがとう。

さてその「100年の孤独」の読書会ではわたし
すっかり浮き足だってしまって、皆さんの感想や気づきなども殆ど聞き漏らしてしまっていたせいか
結局のところこの物語は日本人にはハマらないのかもしれないと感じていました
それでもなお、わたしがそれに出会えたということは
出会えずにいる人生とは180度の変化があったことは自明で
それだけで充分だ、と感じていたんです

ところがそれをすんなりと共有出来る方がわたしの前に置かれました
大好きな大好きな大好きなひとを通して。
彼女がわたしに接続するものは
彼女という炎、あたかも銀を精錬する炉のようなフィルターを通して来たものばかり…
生涯を共にしたいと思えるひととの出会いもまた彼女がもたらしたものです

で、その新たなる扉(彼女はわたしに「新しい扉が開くよ」とある夜宣言しました)は
いとも簡単にその「理解出来るひとはそうはいるまい」というわたしの疑念をさらりとかき分けて目の前に現れました
南米で、開拓者として短くない年月を過ごした太陽のようなひと。

これは驚きとしか言いようがありません
100年の孤独というのは、未開拓の地に繰り広げられるある一族の物語
それは聖書を生きたひとにしか知れない描写が渦巻いています
アウレリャノが何人いるのか、そんなことに目を留めてしまえばたちまち読み進めなくなり
分厚い文章は藪のように行く手を阻みます
この物語を読み解くのに、「そんなことはどうでもいい」ことのなんと多いことか…

と思えば宇宙的視座からいきなり路地を伝う一筋の血液の流れという
この上なく精緻な「命」の描写にまで変幻自在に変わる描写の解像度。
マクロからミクロへ、カオスからコスモスへと
まるで3D、うーむ。「時間」が加わるからそれはもはや4Dでしょうか
そんな世界が繰り広げられる物語なのです

嘆きの壁をインスピレーションさせるような描写、聖女でありながら娼婦のように誘う少女
頑なに前例踏襲にこだわる母、次第に変化する家族、隣人、政治。
堕落と静謐がないまぜに在りながらも決して迷わず進む「それぞれの人生」という羅針盤

と、に、か、くスケールの大きな物語でした
それを体感しているひとがこんな近くに現れて…かつ
「祈り」という全きこの世的に軽視され打ち捨てられている習慣を守りながらも宗教という枠からは完全に脱しており
それが故にわたしの大好きな本を気に入って読んでくださる。
さらに「この本を読んでご覧なさい」と手渡していただき、それを購入出来るという幸運

深く、深くは誰にも話せなかった
目に見えない世界とわたしの関係、ロレトでのマリアとの約束
そんなことも軽々と受け入れてもらえる環境になりました

なんてなんてなんて素敵なことなのでしょう!
人生にはこんなご褒美が山のように積み重ねられています
あなたが、あなたでさえあれば必ず手渡される。
感謝と喜びに満ちて生きて欲しいのです、どんなひとにも。

おかあさん本舗で出会って来たたくさんの方々は
芽吹くためのエネルギーが枯渇していました
何度も重ねる”出会い”を通してやっと力が補充されていく…そのくらいの小さな変化です
が、可能性が芽吹くというところまでひとを守るという大変なことを
大地の母と、久住という場所は始めようとしています

ルンジースクール
一般社団法人 生きること学ぶことに困窮するこども支援機構

接続される皆がいつどんなときもあなたでありますように
わたしも、繋げてもらいました。ありがとう!

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