ひと=魂(意識)と身体:備忘録

今日の時点での認識。
ひとは身体を得る時に自我も得る
ただしこれは自分とそれ以外を知るために準備されたもの
愛のぬくもりの記憶である”喜び”を感じるためにも働く(喜びを感じる)

身体は、この世で他者と関わりを持つために必要なことを実行させてくれるもの
魂だけではできないことがこの世にはある

感情は自我が掌っている
それ自体は良いとか悪いというものではなく
そこから魂の記憶を辿るための道となる
自我を肥大化させると迷走する原因にもなるが
本来の目的のために生きる人の慰めともなる

自我はもともと薄い薄い膜のようなもの
レースのカーテンのように自分自身を包んでいる
これが喜びを感じてそよぐと魂が他者と分けられていなかったときの記憶が垣間見える
それはこの世で生きるための動機づけ、つまり励ましのようなものであるが
心地よさに惑わされて自らを喜ばせるために他者を使うと次第に厚みを増し
他者と自分の間だけではなく喜びの気配すら感じなくなり更にそれに執着するようになる
この状態がエゴモンスター。彼らは寒さに震えている。

憎しみ、悲しみ、辛さ、後悔、恐れは寒さによって発生する
孤独感に耐えきれず他者を得ようとしがみつくため生霊を作り出す
これに対し浮遊している魂たちは
自分が身体を脱いだことを自覚していないか或いは光への回帰を疑っているかでこの世への執着を手放せていない

彼らからは周波数を合わせるひとが朧に見えている
その温かさに引き寄せられて魂が集まりがちなので
集まられがちなひとは結果として憑依体質、と表現されることもある
そのひとは彼らが帰るべき場所を知らせることが出来る

身体を得られたことには意味がある
その姿、その知能、その環境、その場その時すべてを選んでその身体に宿っており
魂の望んだ役割を終える日までそこに留まる
乱暴に扱うこと、身体の声に耳を傾けないことは使命を投げ出すことに繋がりかねないが
身体に対する何某かの影響(怪我、病、あらゆるこの世にあるものからの影響)には意味があるため過剰に排除しようとする必要はない
ただ、身体がなければこの世で他者に関われないことを念頭に置かなくてはならない

何かに対して意図することはその出来事を成就させる力がある
仮に、○○を食べると××になるから摂取しないほうが良い、とした場合
そのひとが○○を摂取すれば××になる、ということ。
引き寄せの法則を意図したとき、対象としたそれを持っていないということが現実となる

必要なこと、必要なひととは力まなければ出会うべきときに出会う
話さなくてはならないことは話す必要があるときに口をついて出る

他者を直接救うことが出来るひとはおらず、その必要もない
自分が自分であるだけで必要なひとはそこから何かに気づくことが出来る

間違いと気づいたことは手放せば良い
取り返しのつかない失敗などこの世には存在しない
生きている限りひとは常に新しい

罪も穢れも全ては愛に内包される
愛が包みきれないものはない
闇は愛へ繋がるひとの奥底
隠したものが小さな灯火を覆っていることがあるため
自分の中に何があるかを知らなければならない(統合)
龍と呼ばれるものはこの光(愛)から漏れる光の筋であり
それは全ての命に宿っている

他者とはぬくもりによって互いに結び合う
温度の違うひととは結び合えない
心地良いぬくもりは熱とも言えない。
火傷するような関係は課題(問題)を暗示している
身体の異常を知らせる熱と同じ、それ自体が問題なのではなく他に重要な課題を抱えている

痛み、熱はサインでありそれ自体を追いかけて対処することには意味がない
それが何処を指し示しているのかを知るために使うことが必要
愛は刺激ではないが刺激が悪いものというわけではなく
あくまでも認知させるための手段として存在する

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