ずっとそこにある

そうだ、思い出した。
わたしはずっと会いたかったんだった。

小さな頃から、わたしはお母さんになりたかった。
6歳離れた妹が産まれたのも、それはそれは嬉しくて甲斐甲斐しくお世話をした(つもり)
※妹からは今でも「お姉ちゃんには酷い目に遭わされた」と言われています、失敬な(笑)

だからと言ってそれについて何かを深く考えたりだとか理想像だとかってのは全くなかったし
お母さんになるということが、誰かとの恋の行く末なのだとか
結婚という契約のその先にあるものなのだ、なんてこととも結びついているわけじゃなかった
ただ、感覚としてお母さんになりたいなーってくらいの感じ。

出会いから30年近く経って、さあ離婚するぞーとなった時パパは
「二人が過ごした時間て何だったの?」と
そこらへんの安い演歌の歌詞かよ、というような
または何もわかっちゃいない尻の青いガキんちょでも口に出すのに勇気が要るだろうという
陳腐極まりない、ドストレートで面白くもなんともないセリフを吐いたもんだから
それを聞いたわたしはあまりのことに一瞬たじろいだことを思い出す←

「さあ?」

これが全てだ、ってんだから薄情ここに極まれり、我ながら恐ろしいような気もするけれど致し方ない
どだい、子ども達が次々に産まれる中でもわたしの中にはそこはかとない違和感めいたものはおそらくずっとあって・・・
パパは産まれた子どもをしばらくは「赤ちゃん」と呼んだのだけれど
それがまるで他人行儀でわたしは気に入らなかったし、(あ、でもそういや子ども達の名前を決めたのは全員わたしの独断だった)
なんならパパは今でも全員の名前を正しくは書けないんじゃないか疑惑すらある。
ふむふむ、そういう意味では全く今の現状って不自然でもなんでもなくてむしろわたし達らしいんじゃないだろうか
つまりわたしはお母さんにはなりたかったけれど、誰かに束縛されるつもりは毛頭なかった。
お母さんになりたいという願いを叶えてくれ、かつ自由に振る舞うことを許可してくれたパパ、本当にありがとう
そばにいるのは絶対にイヤだけど(笑)なんとか恩返しはしたいわ

で。
そんなわたしはいつの間にかたくさんの子ども達を産んで、念願のお母さんにはなったのだけれど
どうも世間一般に言われる「お母さん像」というのには馴染めなかった
子どもは好きだし大切だけど、正直なところとっとと巣立って欲しい。
お腹に宿ったから外に出したし、衣食住を整えてやらなければならない時期にはそうした。
でもまあなんかおかしいっちゃあおかしかったのだろう

まず予防接種をしなかったなあ。
しかもこれには崇高な考え、やらエビデンスがどうのこうのなんて思いは全くなくて
(そういう意味では自宅での出産だってそう)
対処療法がある疾患に関してはなぜその「(個別に罹患する、相応しい)時」を待たず
先回りをしてワクチンを打っておこうなどとわざわざ考えるのかが理解できなかったのと
チビ達の体調や心持ちを整えて向き合うってことがひたすら面倒臭かった
ただ、これはあくまで率直にわたし個人がその時に感じただけのことであって、今からみれば過去だし
「そういう巡り合わせだった」に過ぎず、誰かに推奨しようだとか同調して欲しいとは思っていないし
今もまたそういうアクションを起こすのかと問われたら「さあ」と答える。
答えなんかその時にしかわからないのさ(迷惑)それに
ワクチンがあったからこそ現代ではほぼ見ることがなくなった疾患があるということも理解しています、ありがとう医学。

で。何の話だっけ(久しぶり)

ああ、そう。思い出したの。わたしはずっと探していたんだった。
子どもを産み育てることを望んで、かつ、そうなるであろう環境が整っており
それでもなおそうはならなかったことを「怒(いか)っていない」女性を。

それはこの世においてわたしと対極にいるであろう女性で、その女性に巡り会える時
何かが自分の中で巡り始めるだろという仄かな、まるで預言めいた思いがあった
で、「それはこの人かもしれません」と提示された女性がいたのだけれどそれは違うってことだけはわかっていて
そして・・・何年もわたしは、それを探していたことすら忘れていたってわけ(いつもの)








ん?待てよ?

待て待て待て。
ちょいとお待ちよ。

あれ?ねえ、そうでしょ?
もしかしてそうだよね?

運命とは、出会いとは、巡り合わせとは。
それと知らずそれと思いもせずとも密やかに確実に人生に沿わせられているものなのです
嘘でしょう?と言いたくなる。
まるでマヤにとっての紫のバラのひと、ジュディにとっての足長おじさんのようなわたしにとっての誰か!
いやはや。どうして気づかなかったのか逆に不思議すぎると、気づいてしまえば思う。
お母さんになるのだ、と全く疑わずにこの世に産まれたことだけが完全に一致していながら
あらゆる切り口から正反対のわたし達(笑)

はあ、面白い。
そんな「わたしが探し続けた(とか言いながらすっかり忘れてた)mother of mothers」は
わたしのために今日も歌ってくれるそうです
彼女に対して「恩返し」という言葉を使っていたけれど、どうやらそれだけじゃあ足りない。
ねえ、ふたりしてチョー楽しい物語をどんどん紡いで行こう!

どうやって??
うん、そんなこた頭ではわからんけどさ!!
ヒャッホウ!

ずっとそこにある” に対して2件のコメントがあります。

  1. しのぶ より:

    頭ではわからん、わからん!!笑

    1. reico より:

      そうだそうだわからんけど成るものはなるのだ!

      小難しく考え込むクセがいつの間にかついちゃったけど、そう。
      「ど、どう考えたっておかしいやろ?」をケロリとこなすワレワレワレに幸あり!
      わははははー

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