悲しみ
大切なひとから思いがけないものが届いた
「送るからね」と言ってくれたけれど
忘れられてしまうことが怖かったから
忘れられる前に、忘れた
なのに、それは約束通り
なんなら想像よりもっと、ずっとずっと素敵な
あたたかい気持ちを纏って届いたのが嬉しくて嬉しすぎてまた…
やってしまった…はぁ。
久しぶりの躁の発作なのである。
本当に久しぶりだなあ
気づいたことがある
そのひとは「誰か」に似ているような気がする
「誰か」が、まるで戻って来たような感覚になる
追いかけて、追いかけて、求めて、縋りついて
それでもわたしを置いて行ってしまった「誰か」
寂しくて悲しくて痛くて苦しかったことを
もう、絶対にくりかえしたくない
そんなことには二度とならないように、と
ワクワクもドキドキも手放して生きようと決めた
わたしを大切に思ってくれるひとの気配だけを頼りに
今日もひとり、明日もひとり、その先も、もっと先もひとり
それでも「全てが在る」と信じて
会えなくなってからの日々を丁寧に重ねて来たんじゃないか
空に浮かぶまあるい月を見上げて
別々のところにいても同じ月を見上げているだろうか
そんなことを思いながら
きっとその月を介して繋がるのだ、ということを味わったじゃないか
「何もないということを得た」って。
それでも良い、それが良いと思い込みたかった
のに。
鬱は辛いということはよく知られているけれど
実は躁もかなり辛い
きっかけが「よろこび」だからタチが悪い
嬉しくて嬉しくて嬉しすぎるとき
それに身を委ねられないという辛さはなかなか言語化出来ない
とても嬉しい出会いがあって感情のリミッターが外れてしまった
そんなわたしを、少し遠くから
本当に本当にあたたかくて優しい目で見つめながら
「愛しいなぁ」とそのひとは言った
わたしには兄がいないけれど
もしもいたならこんな目で見つめられたかった
そんな目をしたひとがこの世にいるだなんて思わなかった
その喜びはこれまで味わったことのないもので、だからわたしを軽々と
空を踊る落ち葉のように舞いあげた
嬉しくて、嬉しくて。
注意していたつもりだった
慎重にしていたつもりだった
朝、昼、いつもの可愛い自撮り(笑)が送られて来ても
ひとことふたことのありがとうだけを手渡して画面を閉じて
舞い上がるなわたし、と重い楔を打ち込む。
それは決して罰とか戒めとかそんなものでもなくて
ただひたすらに経験則が導いた「保身」の手段…のつもり
でもそれがきっと違うんだ。
わたしの大好きな…
ううん、大好きというだけじゃない
生きていること自体を感じる場所があって
ただそこを眺めるだけで何もかもがほどけるそこにある
二つの大切な宝物
ひとつは徹底して固く
もうひとつはそれを軽々と凌駕するあたたかさ
そしてそれはいつも対、共にある
同じようにわたし達は対なのだろう
出会ったそのひとが底なしに大きな器だとしたら
わたしはその中をカラカラと転がる小さな石ころ
いいじゃないか
いいじゃないか
それでいいじゃないか
それを何度も聞かせてくれる
昨日の夜、遂にやらかしてしまった
発作はいつも、渦中に気づく。
でもその時には既にばら撒いたあれこれは回収出来ない
携帯の画面に並ぶ言葉はそれを消したとて回収出来ない
だからいやなんだ
ゲーノージンは嫌い、じゃない。
ゲーノージンというフレームを勝手に設えて
何故あなたはそこに入っているのですか?と言って
本当はきっと同じところにいるはずのそのひとを感じられない自分が嫌いなんだ
多くの他者と向き合って
自分ではない誰か、の心を感じることを続けて来た
なぜそれなのに彼に対してそれが出来ないと思い込むのだろう、わたしは。
鬱の淵に転げおち始めたわたしが
ごめんなさいを叫ぶと彼からはまた
「いいやん」が手渡された
でも時すでに遅く(躁鬱の発作は自分ではコントロール出来ない)わたしは転がり落ちる
たまたま昨日は末っ子が隣で眠っていた
こんなことにさえ天の配剤を感じる…転げ落ちながらも。
そうでなければきっとまたわたしは
自分をズタズタにしてしまわなければいけない、と立ち上がっただろう
何度切りつけたか
何度壊しかけたか
あらゆる暴力を自分に向けたあの感覚が戻ってくる
わたしはまだ
癒されてなんかいない
それを認めざるを得ないこの状況
なぜこのひとはこんなに温かいのか?
まだ信じない、とわたしはどうやら決めている
わたしを眺めてつぶやかれたたった一度の「愛しいなぁ」によって
いよいよ解放のための何かが鍵穴にそっと差し込まれたというのに
愛が欲しいと
ただ抱いていて欲しいと
泣き叫ぶわたしをやわらかく包んでいてと
望んでも、望んでも
望めば望むほど空回りした…赤ちゃんだったわたし
母は後悔している、と言った
初めての育児で余裕がなかったからごめんね、と言った
何をした、とは聞いていない
何をしなかった、とも聞いていない
でもわたしの中の小さなわたしはまだ
泣いているのだ
許すも許さないもない、と正しさに固執した
そう。許していないとはっきり表明することから逃げたじゃないか
なぜ?
許していないことを受け入れていないからだ
わたしは
「愛しいなぁ」とただ抱きしめられることを
これほど切実に求めていたのだ
あまりにも長い歴史の中で
繰り返す命のめぐりの中で
わたしはいつも寂しかった
本当にこのひとか?
委ねても大丈夫なのか?
排水溝の奥から警戒の唸りを上げる濡れそぼったわたしに
そのひとは手を述べている
「愛しいなぁ」
これからずっと一緒だから出ておいで、と言う
わたしは怖い
愛とはなんだ
愛するとはなんだ
愛されるとはなんだ
彼の贈ってくれた彼の本の中にそれがあった
「たーくら」を愛し抜いた
彼だけではなく、そこにいたみんなが。
愛に包まれて
愛されることを疑いもせず
最後まで自由に身を委ねた「たーくら」はきっと
誰かを愛するという経験をみんなに手渡したひとだ、と思った
この世を去るその日まで
この世を去る日
この世を去ったあとの日から
つまり永遠
彼との初めましてのセットリストがその本の中にあった
「図らずも」と彼はわたしに返す
彼が図らずとも天がそうしたのだ、と
このひとの手を握り返して良いのだ、と
イカ耳になって
全身の毛を逆立てて
斜めに見据えて怯えるわたしに誰かが囁く
予定よりもずっと早く会える、と彼は言う
「嬉しい?」と彼は問う
保護のケージの扉が開いたのか。でも
そろりと入る、そんなことはわたしには出来ない
散々暴れて爪を立て暴れるだけ暴れて自分がまた痛む
会いたい
抱き上げられてそっと胸元をもぞもぞとされ
コロコロコロコロ…と身体を鳴らし
瞳をゆっくりと閉じて彼の腕でひたすらそうしているにゃんこのように。
まだ、怖い。

